※ 本記事は筆者が #長島法律学 で作成したレポートのリメイクです。
1. 本シリーズの方向性
本シリーズでは、吾峠呼世晴(ごとうげ・こよはる)氏原作の作品群『鬼滅の刃』の主要な敵であり、人間を主食としている生物種、「鬼」について、捕食行為が殺人罪に該当するのかどうかを考察する。これにより、作品の舞台設定である大正時代の日本における法制度を再考する。
本作品を対象にしている論文や記事は多数存在するものの、作品のマーケティング手法を論じたものや、作品の人気を逆手に取った適切でない引用によるものがほとんどであるため、法律という観点から論じる本記事はその点で新規性がある。
また議論の中で、資料とするために『鬼滅の刃』の1話(第1巻)から205話(第23巻)に登場する全ての犯罪について網羅的に調べ上げ、リストとして一覧化し公開する。
なお、本稿は性質上ネタバレを多分に含むため、苦手な方はブラウザバックを推奨する。
『鬼滅の刃』あらすじ
物語の舞台は大正時代の日本である。山奥で炭を売って暮らしていた主人公・竈門炭治郎(かまど・たんじろう)の家族が何者かに惨殺されたシーンから物語は始まる。唯一の生き残りである妹の禰豆子(ねずこ)が人喰いの「鬼」に変化したが、炭治郎は鬼殺隊の隊士となることで、妹を人間に戻す方法を探ろうとする。結論としては家族を殺した犯人は原初の「鬼」である鬼舞辻無惨(きぶつじ・むざん)であり、炭治郎は彼を討伐することに成功した、また、禰豆子も人間に戻った。
「鬼」とは
この中で登場する人喰いの「鬼」であるが、物語の序盤から終盤まで、ほぼ全幕で主人公らの前に姿を現し、その名の通り人を喰らったり、単に交戦の結果として人間を殺害1かの有名な「サイコロステーキ先輩」は単純な殺戮の結果による死亡で、捕食はされていない。したりするなど、社会通念上の倫理観が欠如した行動を取っている(対して鬼殺隊、特に炭治郎は倫理観のある存在として描かれることが多い)。
本記事では「2. 方法」に示す手法で、まず本作における「鬼」がどのような存在なのかを具体的に確認する。そして、全ての話について検討が終わったのち、「鬼」が当時の殺人罪に適用されるかどうかについて検討する。検討をしている中で、「鬼」と同様の経緯で殺人を行なっている他作品の例も引用しつつ述べることとする。
2. 方法
「鬼」の定義・設定について
定義や設定は,次の1〜6の流れで確認する。
- 『鬼滅の刃』を1〜23巻まで全巻、実際に購入する2定価で換算すると10,670円。10,670円….。
- 「鬼」について特筆するべき事情などを、根性マイニング3根性マイニングは東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授が分析手法として用いている。Twitter上などで確認できる。(ひとつひとつ目視で確認して分類する手法)の手法を用いて全てまとめ、一覧化する。
- それぞれの「鬼」について、殺害を犯したかどうかの事実判定を行う。
- それぞれのケースについて情状酌量の余地について検討する。
- 以上のデータから「鬼」を人間とみなし、人権を認めるべきかを考察する。
- 5の結果を受けて、実際に殺人罪を適用するべきかどうかの考察を行う。
また、本調査では鬼殺隊の隊士を含めた全ての登場人物の行動について、同様の手法で、犯罪に該当するのかどうか併せて確認している。
他作品との比較について
上記と同様の手法で、その他の作品の中から適宜「鬼」と共通する要素などを集める。そして、『鬼滅の刃』と比較しつつ、人権が認められているのか、殺人罪は適用されているのか、などを検討する。
3. 判断が遅い!編における犯罪行為について
本記事では炭治郎の家族が襲われる場面(第1巻第1話)から最終選別前の炭治郎が岩を斬る場面(第1巻第5話)までを判断が遅い!編として括り、分析対象とする。下の表は対象とした場面における調査結果である。
調査結果
通し番号 | 個人名 | 巻 | 話 | 状況 | 犯罪名 | 根拠条文 | 違法性阻却事由の有無 | 備考 |
1 | 竈門炭治郎の母 | 1 | 1 | 炭を売らせるために息子の炭治郎らを使役 | 労基法違反(児童労働) | 労働基準法第56条「使用者は、児童が満15歳に達した日以後の最初の3月31日が終了するまで、これを労働者として使用してはならない」 | 有り(被害者の同意) | 労基法がまだない・家業手伝い・当時炭治郎は13歳 |
2 | 三郎爺さん | 1 | 1 | 炭治郎少年を家に泊めてやるとし言葉巧みに自宅へ誘引 | 誘拐 | 刑法第224条「未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。」 | 有り(被害者の同意) | なんと刑法はあります |
3 | 竈門炭治郎 | 1 | 1 | 護身のため、斧を持って外出 | 銃刀法違反 | 銃砲刀剣類所持等取締法第3条「何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。」 | 不明 | 昭和33年制定 |
4 | 冨岡義勇 | 1 | 1 | 禰豆子に襲われる炭治郎を保護するために抜刀 | 殺人未遂 | 刑法第199条殺人罪、203条「第199条及び前条の罪の未遂は、罰する。」 | 有り(緊急避難) | ・旧刑法:第二百九十四条 故意ヲ以テ人ヲ殺シタル者ハ故殺ノ罪ト為シ無期徒刑ニ処ス ・「禰豆子を人と認めるか」問題 |
5 | 冨岡義勇 | 1 | 1 | 禰豆子を人質にとり、炭治郎に「動くな」と命令 | 脅迫 | 刑法第222条の2「親族の生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者も、前項と同様とする。」 | なし | 「禰豆子を人と認めるか」問題 |
6 | 冨岡義勇 | 1 | 1 | 禰豆子に剣を突き立てる、手刀を入れるなどの暴行、傷害 | 傷害 | 刑法第204条「人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」 | なし | 「禰豆子を人と認めるか」問題 |
7 | 竈門炭治郎 | 1 | 1 | 冨岡義勇に対して投石(失敗し傷害に至らなかった) | 暴行 | 刑法第208条「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」 | 有り(緊急避難) | |
8 | 冨岡義勇 | 1 | 1 | 炭治郎を剣の柄で殴打。被害者は意識不明の重体 | 傷害 | 刑法第204条「人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」 | 有り(正当防衛) | |
9 | 竈門炭治郎 | 1 | 1 | 冨岡義勇へ斧を投げる(失敗し傷害に至らなかった) | 暴行 | 刑法第208条「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」 | 有り(緊急避難) | |
10 | 禰豆子 | 1 | 1 | 冨岡義勇を蹴飛ばす(描写的に傷害には至っていない) | 暴行 | 刑法第208条「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」 | 有り(正当防衛) | |
11 | 鬼1(名称不明) | 1 | 1 | 冨岡義勇の回想。飢餓状態の親族捕食(描写では1名) | 殺人・死体損壊 | 刑法第199条殺人罪、190条「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。」 | 不明 | 200条が有効な可能性がある(尊属殺人) |
12 | 竈門炭治郎 | 1 | 1 | 家族を自宅の近くで埋葬 | 変死者密葬 | 刑法第192条「検視を経ないで変死者を葬った者は、十万円以下の罰金又は科料に処する。」 | なし | |
13 | 竈門炭治郎 | 1 | 2 | 村民の手に、力強くパァンと音がする速度で小銭を押し付ける | 暴行 | 刑法第208条「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」 | なし | |
14 | 鬼2(名称不明) | 1 | 2 | お堂での捕食行為(3名) | 殺人・死体損壊 | 刑法第199条殺人罪、190条「死体、遺骨、遺髪又は棺に納めてある物を損壊し、遺棄し、又は領得した者は、三年以下の懲役に処する。」 | なし | |
15 | 竈門炭治郎 | 1 | 2 | 鬼の喉元を斧で斬りつけるなど一連の武力行為 | 殺人未遂 | 刑法第199条殺人罪、203条「第199条及び前条の罪の未遂は、罰する。」 | 有り(緊急避難) | |
16 | 鬼2(名称不明) | 1 | 2 | 炭治郎の首元をミシミシと音が鳴るまで締め付けるなど | 殺人未遂 | 刑法第199条殺人罪、203条「第199条及び前条の罪の未遂は、罰する。」 | 有り(正当防衛) | |
17 | 禰豆子 | 1 | 2 | 鬼2の首を蹴飛ばして体と分離させる | 殺人未遂 | 刑法第199条殺人罪、203条「第199条及び前条の罪の未遂は、罰する。」 | 有り(緊急避難) | |
18 | 鱗滝左近次 | 1 | 3 | お堂で殺されていた人を埋葬 | 変死者密葬 | 刑法第192条「検視を経ないで変死者を葬った者は、十万円以下の罰金又は科料に処する。」 | なし | |
19 | 鱗滝左近次 | 1 | 3 | 竈門炭治郎の右頬を殴打 | 暴行 | 刑法第208条「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」 | なし | |
20 | 鱗滝左近次 | 1 | 3 | 竈門炭治郎を痛めつける目的で罠を設置 | 暴行 | 刑法第208条「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」 | なし | |
21 | 鱗滝左近次 | 1 | 3 | 炭治郎少年を言葉巧みに洗脳し、自宅で過ごすように誘導 | 誘拐 | 刑法第224条「未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。」 | なし | |
22 | 鱗滝左近次 | 1 | 4 | 刀を破損したら炭治郎の骨も折ると脅迫 | 脅迫 | 刑法第222条「生命、身体、自由、名誉または財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、2年以下の懲役または30万円以下の罰金に処する。」 | なし | |
23 | 鱗滝左近次 | 1 | 4 | 炭治郎少年を腹パン | 暴行 | 刑法第208条「暴行を加えた者が人を傷害するに至らなかったときは、二年以下の懲役若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。」 | 有り(被害者の同意) | |
24 | 鱗滝左近次 | 1 | 4 | 真剣を所持 | 銃刀法違反 | 銃砲刀剣類所持等取締法第3条「何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。」 | 不明 | 政府非公認団体なので考えにくいが、個人で所持の認可を得ている可能性がある |
25 | 竈門炭治郎 | 1 | 4 | 真剣を所持 | 銃刀法違反 | 銃砲刀剣類所持等取締法第3条「何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。」 | 不明 | 政府非公認団体なので考えにくいが、個人で所持の認可を得ている可能性がある |
26 | 錆兎 | 1 | 5 | 炭治郎を木刀で殴打。被害者は意識不明の重体 | 傷害 | 刑法第204条「人の身体を傷害した者は、十五年以下の懲役又は五十万円以下の罰金に処する。」 | なし | 被疑者死亡のため、立件不可能の可能性 |
27 | 鱗滝左近次 | 1 | 5 | 錆兎と真菰を言葉巧みに誘引し、自宅で育てる | 誘拐 | 刑法第224条「未成年者を略取し、又は誘拐した者は、3月以上7年以下の懲役に処する。」 | 不明 | 年代は不明 |
28 | 錆兎 | 1 | 5 | 真剣を所持 | 銃刀法違反 | 銃砲刀剣類所持等取締法第3条「何人も、次の各号のいずれかに該当する場合を除いては、銃砲又は刀剣類を所持してはならない。」 | なし | 政府非公認団体なので考えにくいが、個人で所持の認可を得ている可能性がある / 被疑者死亡のため、立件不可能の可能性 |
29 | 竈門炭治郎 | 1 | 5 | 錆兎の面を真剣によって両断し、修復不可能な状態へ | 器物損壊 | 刑法第261条「〜他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する」 | 有り(被害者の同意) | |
30 | 竈門炭治郎 | 1 | 5 | 鱗滝が設置したとみられるしめ縄を破壊 | 器物損壊 | 刑法第261条「〜他人の物を損壊し、又は傷害した者は、三年以下の懲役又は三十万円以下の罰金若しくは科料に処する」 | 有り(被害者の同意) |
ハイライトで紹介
2:三郎爺さんによる犯罪
炭治郎少年を家に泊めてやるとし言葉巧みに自宅へ誘引。これは誘拐にあたります。

5:冨岡義勇による犯罪
禰豆子を人質にとり、炭治郎に「動くな」と命令。紛れもなく脅迫です。

12:主人公の竈門炭治郎による犯罪
家族を自宅の近くで埋葬。家族思いですね。胸が締め付けられる場面ですが、しっかり犯罪です。

19:鱗滝左近次の犯罪
今回のメインテーマ。彼は判断が早すぎました。犯罪にならないかしっかり考えてから行動しないといけませんね。ガッツリ暴行です。

23:鱗滝左近次の犯罪 Part.2
暴行の常習犯です。厳罰に処すべきかもしれません。

29:主人公の竈門炭治郎による犯罪 Part.2
主人公だからという理由で許されるとでも思っているのでしょうか。錆兎の面を真剣によって両断し、修復不可能な状態へ。器物損壊です。(ちなみに、錆兎はお面を斬られて笑っていました。)

まとめ
いかがでしたでしょうか。序盤では「鬼」よりも炭治郎と鱗滝の方が圧倒的に多くの違法行為をしていることが明らかになりましたね。今回は第1話〜第5話に絞って、犯罪行為と思われる描写を確認してきました。これを機に鬼滅に興味を持つ人や法律に興味を持つ人が増えたらいいな、と思います。
ところで、「シリーズ」と銘打ったものの、非常に労力のいる記事なので、このままこれを続けるべきなのか、まだ決めかねています4判断が遅い。
結論の落とし所については、既に #長島法律学 のレポートで議論しているのですが、全ての犯罪を網羅した場合、違った結論になるかもしれないとも思っているので、自分でも最後が楽しみです。
本記事を執筆するにあたり『鬼滅の刃』©吾峠呼世晴/集英社の画像を利用しておりますが、利用に際しては著作権法5
https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=345AC0000000048の例外として定められている範囲内6第32条「引用」で認められた範囲内であることに留意しております。また、集英社のHP7https://www.shueisha.co.jp/inquiry/consumer/で示されている利用の指針にも従っております。
- 1かの有名な「サイコロステーキ先輩」は単純な殺戮の結果による死亡で、捕食はされていない。
- 2定価で換算すると10,670円。10,670円….
- 3根性マイニングは東京大学大学院工学系研究科の鳥海不二夫教授が分析手法として用いている。Twitter上などで確認できる。
- 4判断が遅い
- 5https://elaws.e-gov.go.jp/document?lawid=345AC0000000048
- 6第32条「引用」で認められた範囲内
- 7https://www.shueisha.co.jp/inquiry/consumer/