今春、取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益を保護することを目的に「取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律(以下、取引DPF消費者保護法)」が成立した。同法は取引DPF提供者の努力義務や、販売業者等情報開示請求について定めている。
取引DPF消費者保護法は、もっぱらBtoC取引DPFを対象としたものであってCtoC取引DPFは対象としない事が示されているが、一部条件下ではCtoC取引DPFも対象となることが示されている。
当記事では、BOOTHやSkebなどCtoC取引DPFで活躍するクリエータが同法の販売業者等に該当し販売業者等情報開示請求の対象となるか、国会審議等も踏まえて分析を行う。
販売業者等情報開示請求とは
販売業者等情報開示請求とは、取引DPF消費者保護法第5条に定められる開示請求である。消費者が取引DPF提供者に対して販売業者等の氏名、住所等を請求することが出来る。

販売業者等の定義
販売業者等情報開示請求の対象となる販売業者等の定義は、取引DPF消費者保護法第2条第4項に規定されているがその意義は明確ではない。
販売業者又は役務の提供の事業を営む者(自らが提供する取引デジタルプラットフォームを利用して商品若しくは特定権利(特定商取引に関する法律第二条第四項に規定する特定権利をいう。次条第一項第二号及び第四条第一項において同じ。)の販売又は役務の提供を行う場合におけるものを除く。)をいう。
規定をそのまま読むと、「事業の提供を営む者」にBOOTHやSkebを利用するクリエータも販売業者等に該当してしまうように読み取れる。しかし、成立過程を確認した結果、複数の驚くべき事実が明らかとなった。
衝撃の法案審議過程
第204回国会衆議院消費者問題に関する特別委員会の議事録からは、法案に対して複数の委員が厳しい指摘を行っていたことが確認できる。
まず、吉田委員(立憲民主党)は「CtoC取引において事業者と判断される売主、いわゆる隠れBの諸問題」と称して以下の質問を行っている。
本法案がCツーC取引を対象にしないのは、もう皆さんがおっしゃっているところであります。消費者や予算委員会分科会でも、CツーC取引において、売主が個人であっても、反復継続して事業を行うなど、個人事業主に当たる場合があり、その場合には法の適用になるとしていますね。
この隠れBは、消費者庁、経産省が策定したインターネット・オークションにおける「販売業者」に係るガイドラインでは、一、過去一か月に二百点以上又は一時点において百点以上の商品を新規出品している場合、落札額の合計が過去一年間に一千万円以上である場合には、特定の事情がある場合を除き、販売業者に該当すると考えられるとされています。
消費者庁は、隠れBをデジタルプラットフォーム事業者が明確に判断できる新たな基準が必要としていますね。どのような判断基準を検討しているのでしょうか。大臣、御所見を伺います。
質問中に言及のある「販売業者に係るガイドライン」では特定商取引法に基づく表記の掲載義務が課される場合の例示が行われており、スケブCEOのなるがみ氏も同種ガイドラインを参考に意見を表明したこともある。
さて、吉田委員の質問への井上大臣(自民党)の回答は実に官僚的なものであった。
販売業者等に該当するか否かの区別は、営利目的であるか否か、反復継続的に同種の行為を行っているかどうかについて、個別具体の事情を総合的に考慮して判断をされます。消費者庁としては、本法律案が成立した暁には、販売業者等の該当性についての考え方を整理、公表するとともに、官民協議会の場を活用し、考え方の共有等を図っていくこととします。
例示も無いようでは取引DPF提供者の対応に影響を及ぼしてしまう可能性が存在するが、政府としては今後検討していくとのことである。当然、吉田委員は下記のような質問を行っている。
だから、官民協、図っていくはいいんですけれども、そもそも消費者庁は、隠れBをデジタルプラットフォーム事業者が明確に判断できる新しい基準を必要としている、そういうことなので、どのような判断基準を検討しているのかということを聞いているんです。これから検討で、じゃ、何も決まっていないんですか、審議官。
上記のような厳しい指摘に対して、坂田参考人(消費者庁審議官)は販売業者に係るガイドラインについての言及も踏まえ以下のような回答を行っている。
委員御指摘のとおり、特定商取引法上の通信販売を行う販売業者の解釈指針として、インターネット・オークションにおける「販売業者」に係るガイドラインが存在しております。このガイドラインは、平成十八年に、当時のインターネットオークションの特性や消費者トラブルの状況等を踏まえて策定されたものということでございます。今般の考え方を検討するに当たっては、当時からの状況の変化や取引デジタルプラットフォームの特性を踏まえつつ、しっかりとした検討を行ってまいりたいというふうに思っております。
すなわち類似のガイドラインは存在するものの、取引DPF消費者保護法に定められる「販売業者等」に特定商取引法と同様の基準が適用されるかは不明であり、むしろ時代の変化を踏まえた再検討を行うことが示唆されている。
吉田委員は再度厳しい指摘を行ったものの十分な回答を得ることが出来ず、根負けしたのか次の質問テーマに移っている。
○吉田委員 もう一回、審議官、これは大事な話なので確認しますが、現時点ではまだ確たるものは定まっていないということですか。これから全部検討ですか。この法案が通ってから検討ですか。何か決まっていることはないんですか。
○坂田参考人 先ほど大臣からも御答弁さしあげましたけれども、販売業者か否かというところの区別は、営利目的であるか否かということと、反復継続的に同種の行為を行っているかどうかについて、個別具体の事情を総合的に考慮して判断されるということでございます。
販売業者等該当基準
同国会質疑においては、串田委員(日本維新の会)も販売業者等の定義について鋭い質問を行っている。下記に質疑応答を一部抜粋しながら流れを記載する。
○串田委員 自ら消費者が、この法律は守ってくれるものかどうかということで、販売業者と個人、今回は販売業者なんだ、BツーCなんだということなんですけれども、今ちょっと定義を聞いてもよく分からないと思うんですが、普通、販売業者というのは営利の目的を持って反復継続して行う者というふうにいうんですけれども、今言った簡略的な説明でおおむね間違っていないでしょうか。
○坂田参考人 委員の御指摘のとおりでよろしいかと思います。
○串田委員 営利は何かという質問なんですけれども、利益を得るでよろしいですか。
○坂田参考人 御指摘のとおりだと思います。
○串田委員 今、利益を得るということでありました。要するに、何でこんな質問をしたかといいますと、この法案は販売業者と消費者なんだ、消費者対消費者は今回は入らないんだという説明を受けているわけですが、その販売業者というものの国民のイメージが何かということなんですけれども、そうしますと、営利の意思を持って反復継続して販売した場合には、法人ではない個人もこれに該当するということで間違いありませんか。
○坂田参考人 そのとおりでございます。
○串田委員 先ほどメルカリの話が出ていましたけれども、メルカリというのは、使ったものとかいろいろなものを個人が販売しているんですけれども、これで、営利を目的として反復継続してメルカリで出品する場合には販売業者に入るんですか。
○坂田参考人 販売業者等に入るということでございます。
該当質問によって明らかとなったの下記の点である。
①販売業者等というのは営利の目的を持って反復継続して行う者である
②営利とは利益を得ることである
③営利の意思を持って反復継続して販売した場合には、法人ではない個人もこれに該当する
④営利を目的として反復継続してメルカリで出品する場合には販売業者に入る
この条件ではBOOTHやSkebをはじめとしたCtoC取引DPFで活躍する個人クリエータも隠れBとして同法の販売業者等となる可能性が否定できず、販売業者等情報開示請求の対象になりかねない。
情報開示請求のリスク
串田委員は上記の販売業者等該当基準を踏まえて、結果として多くの個人が販売業者等に認定され開示請求の対象となることに懸念を示している。
プライバシーの権利で消費者対消費者を入れないという話がありましたが、これは、情報を取得をする側だけではなくて、自らの情報を収集されないと思う人間に、予想に反して個人情報を求められるということも、やはりこれは気をつけなきゃいけないんだろうなというふうに思うんですよ。そうすると、メルカリの中で、販売業者は情報を収集されるけれども、メルカリに出店している個人は情報を収集されないんだと思われてしまっても、実はあなたは販売業者なんだよ、そういうふうに認定されることもあるわけですよね。(中略)実は、かなりの人たちが販売業者に認定されて、情報を開示しなければならない者になるのではないかという私は懸念を持っているんですが、その点については御検討されているでしょうか。
坂田参考人は個人事業者の場合は個人情報に当たる可能性があるとの見解を示したものの、対策については「しっかりと検討の範囲に入ってくる」と言及するに留まっている。
情報開示の件につきましては、先生御指摘のとおり、個人事業者の場合は個人情報に当たるということもありますので、その辺りについてはしっかりと検討の範囲に入ってくるというふうに考えております。
CtoC取引DPFの今後
取引DPF消費者保護法はAmazonや楽天などの物理取引を行うBtoC取引DPFを中心に検討された法律であることが思慮されるが、その取り決めの曖昧さがメルカリなどのCtoC取引DPFや、BOOTHやSkebなど個人クリエータが活躍する取引DPFも対象となりかねないものとなってしまっている。
なお、同法には附帯決議が存在し、隠れBへの対応に留まらないCtoC取引DPF提供者の対象化が検討されている。
一 売主が消費者(非事業者である個人)であるCtoC取引の「場」となるデジタルプラットフォームの提供者の役割について検討を行い、消費者の利益の保護の観点から、必要があると認めるときは、法改正を含め所要の措置を講ずること。
また、CtoCの利用を想定した取引DPFであっても、売主が実態としては事業者いわゆる隠れBである場合には当該事業者が売主として利用する範囲に限り同法に定められる取引DPFに当たり得るとの政府回答が存在する。
BOOTHやSkeb等の対応は
取引DPF消費者保護法の成立に合わせて「取引デジタルプラットフォーム官民協議会準備会」が設立されている。同協議会は事業者団体、消費者団体、行政機関等によって構成され、事業者団体の中にはクリエイターエコノミー協会も存在する。ピクシブ株式会社は協会員ではないものの株式会社スケブは協会員として加盟しており、両社が同法に対してどのような対応を行うのかが非常に注目される。
同法は社会的に全く注目されていないが、クリエイターエコノミー協会は懸念の所在を理解しているのか疑問を抱かざるを得ない。
最後に
そもそも日本の法律は、事業者ではない個人が不特定多数の者に対して単発的に商品サービスの売主となるようなケースについてそもそも想定がされていないとの指摘が武村委員(自由民主党)から行われている通り、取引DPFへの法対応が遅れていると言わざるを得ない。
実情を無視した法律、規則が施行されないよう、クリエータ1人1人が官民協議会や立法に目を光らせていく必要があるだろう。
参考文献
・第204回国会 衆議院 消費者問題に関する特別委員会 第4号 令和3年4月9日
・第204回国会 衆議院 消費者問題に関する特別委員会 第5号 令和3年4月13日
・デジタル・プラットフォーム企業が介在する消費者取引における環境整備等に関する検討会 報告書案
・取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律施行令(案)等に関する意見募集について
・取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律案 概要
・施行規則案
・法律第三十二号(令三・五・一〇)取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律
・取引デジタルプラットフォームを利用する消費者の利益の保護に関する法律第3条第3項に基づき取引デジタルプラットフォーム提供者が行う措置に関して、その適切かつ有効な実施に資するために必要な指針(案)